OVER THE RAINBOW

あの虹を越えて

なぜ安心して観ていられるのか|『おっさんずラブ』が好きすぎて vol. 4

昨日、とにかくしあわせというエントリーを書いたんだけど、

どうしてしあわせなんだろう、ということについて考えてみたい。

今回は2つ。安心感と世界観について。

 

安心感がしあわせに

ひとつにはこのドラマに対する安心感があるように思う。

ひとりのノンケを巡って繰り広げられる恋物語

おっさんたちが繰り広げるラブロマンス。もうみるからにキワドい設定。

それにもかかわらず心地よいのは、こういったドラマによくある、

 

「ゲイはこういう恋愛するんだろ?」

 

みたいな勘違いがなくて、

 

「ゲイならこういう恋愛しとけよ」

 

みたいな押し付けもないからかもしれない。

 

展開こそ目まぐるしく変わるけれど、そこにあるのはラブにまつわる話。

「ノンケの」とか、「ゲイの」とか、「男の」とか、「女の」とか、

そんなんじゃなくて、ただ「その人」のラブについての話。

あくまでも、ラブ。

 

この心地よさがあるから、ドラマの世界に素直に入っていける。

構えなくていいから、安心して観ることができる。

この手のドラマにあって、この安心感は、何物にも代えがたい。

 

 

演技でしあわせに

ふたつ目は、そういった世界観を実現するために、ていねいに表現するために、

キャストの方たちが演じてくれているからだと思う。

 

はるたんみたいな後輩がいたら絶対かわいがるし、

春田さんみたいな先輩がいたら絶対なかよくなりたいもん、実際。

 

牧に感情移入してしまう身からすると、表情ひとつひとつに胸が締め付けられる。

陳腐な言い方になってしまうけれど、ほんとうにキュッってなる。

ひとり先に行かれてしまったときの(かわいいな!)みたいな笑顔もわかるし、

目の前で電話されてしまったときに目をそらして息を吐くのもわかる。

 

あんな風に接してくれたら、よくわかんないけど告白を受け入れてしまうのも頷ける。

だってそこにあるのは牧のラブだから。ほかの誰でもない牧の。

 

もちろん台本があってのドラマであるとは思うんだけど、

その台本をどういう風に演じていくかは俳優さんたちにかかっているわけで。

それぞれの理解がふんわりと混ざり合って、

素敵な世界観を織りなしているんだろうな、と思う。

 

 

こんなドラマだから、だからしあわせなんだろう。

 

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